日記

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  2007/11/07

    ■ストコフスキー&ロンドン交響楽団のDVD
     1972年のライブ録画DVD(EMI)。ワーグナー「マイスタージンガー」前奏曲とドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」。

     ストコフスキーは録音によって(日本の)<正統派>クラシック愛好家からは冷たい眼で見られていたかもしれないけれど、この映像を観ると実に真っ当な、気品すら感じさせる立派なもの(お歳を召された感はあるが)。むしろ、最近の指揮者の方がXXXではないか。

     しかし、残念なことに映像と音とが大きくずれていて、はなはだ居心地が悪い。これが何とも...。ちなみにトロンボーンのトップにデニス・ウィックの姿が見られます。

  2007/11/06

    ■準・メルクル&フランス国立リヨン管弦楽団
     サントリーホールにて。細川俊夫「循環する海」、ラヴェル「ピアノ協奏曲」、ドビュッシー「夜想曲」から、交響詩「海」。アンコールにドビュッシー「月の光」「ゴリウォーグのケイクウォーク」(いずれもキャプレ編曲版)。

     後半1曲目「夜想曲」の「雲」、曲の終わり近くに会場で携帯が鳴り、さらにはホルンの音がひっくり返り、雲行きが怪しくなったけれども、その不安を2曲目「祭」冒頭の輝かしいサウンドで一気に振り払い、以後立て直し。

     このオケは(録音でも感じたけれども)、木管(と弦)を中心とした綿密なアンサンブルが魅力で、アンコールの2曲も、それを十分意識しているのではなかろうか。

     メルクルはナマでは初めて(TVでは何度か観た)。洗練されていて、とても丁寧でクリアな指揮。若々しさ清々しさもあって、相性もいいのではなかろうか。

     このコンサート、F社がスポンサーになっていて、ホール入り口には動員された社員(?)がズラリと並び招待客(お得意さん)を出迎える。1階席中央付近は黒いスーツを着た年配の方が目立ち、ちょっと物々しい雰囲気でした。残念ながら招待客無しでは会場は埋まらないかもしれないけれど、また聴いてみたいコンビです。

  2007/11/05

    ■ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番
     ジャン=フィリップ・コラールのピアノ。M・プラッソン指揮/トゥールーズ・キャピトル劇場管によるCD(EMI)。

     協奏曲は基本、伴奏で買うのだけれども、これもその一つ。2枚組みで、このコンビによる協奏曲4曲が収録されている(「パガニーニ…」は無し)。非常に明るい前向きな演奏。サロン音楽風の、洗練された美しさがあるが、ロシア的な哀愁とは違う。プラッソンも基本エスプレッシーヴォの人、第2楽章後半とか、第3楽章第2主題のオーケストラが旋律を受け持つ部分などは、聴き所でしょう。プラッソンさん、また来日してくれないだろうか。

    (★★★★☆)

  2007/11/04 (2)

    ■機種変更
     携帯電話の機種変更。以前のものよりかなり薄くなったのだけれども、機能は色々増えている。ウワサには聞いたことがある「赤外線」というメニューもあるのだが、そもそもどういう目的に使うかは理解していない。

     しかし、毎日電車で通勤していて感じるのだけれども、駅の構内にいる人間の3分の1は携帯電話の画面を眺めているか、通話をしているのではなかろうか。若い女性に限定すれば3分の2は超えているようにも思う。本当にそのくらいに多い。私には何だか異様な光景に見えてしまう。

  2007/11/04 (1)

    ■N響アワー
     ブラームスの特集。「ピアノ協奏曲第1番」(アメリカ公演での録画、アシュケナージ指揮)を弾くエレーヌ・グリモー嬢を観れたのも嬉しかったけど、「交響曲第1番」を振っていたM・アツモン氏。都響の首席指揮者時代はよく聴いたもので、とても懐かしかった。余計な力の入っていない、個人的にはとても好きな演奏。ちなみに、フルートのトップは高木綾子さんが吹かれていました。

  2007/11/01

    ■案内
     都響から来年度の演奏会の案内が送られてきました。インバル氏によるマーラー「一千人の交響曲」、ラヴェル「ダフニスとクロエ」全曲、大野和士さんによるR・シュトラウス(メインが「英雄の生涯」)などありますが、その他の指揮者は...

     ヤクブ・フルシャ、ポール・ワトキンス、マーク・ストリンガー、イラン・ヴォルコフ、ハンヌ・リントゥ、HKグルーバー、マーティン・ブラビンス等々、なんだか「のだめ…」の登場人物のような名前が続き、この中から未来のマエストロが現れる可能性もあるだろうけれど、東京にこれだけプロのオーケストラがあって、興行的に相等苦しいのは明らか。<東京都の>オーケストラとして、存在価値を示せないものなのか。

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