| 日記 |
| 2007/12/04 |
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| 2007/12/03 |
N・ブレイスウェイト(N.Braithwaite)指揮/ロンドン・フィルによるCD(Lyrita)。原曲は吹奏楽のための名曲、「組曲第1番」。「シャコンヌ」冒頭は低弦で始まり、それを木管楽器(原曲では金管)が受け継ぎ、弦楽器(原曲では木管)の変奏がそれに続く。ユーフォニウム、サキソフォンなど、オーケストラ編成にない楽器は当然、他の楽器に置き換えられるが、原曲のイメージからかけ離れることはない。 弦楽器の表現力と軽さが魅力であり、この音楽を見直すきっかけにもなり、原曲を知っている人は一度は聴いてみても損はないし、「また聴いてみたい」と思わせる編曲でもある。もちろん、このオーケストラ版が存在していても、原曲の存在感が無くなることはない。 (★★★★☆) カップリングの「第2組曲」も悪くはないけど、「第1組曲」ほどは上手くいっていないと思う。「ムーアサイド組曲」は元々金管バンド編成の曲。やはり同質の楽器による演奏の方が向いているし、NAXOS盤で聴ける作曲者自身による弦楽合奏版の方がはるかに魅力的だ。 |
| 2007/12/01 |
N.Braithwaite指揮のロンドン・フィルによるホルスト作品集。吹奏楽のための第1、第2組曲、ブラス・バンドのための「ムーアサイド組曲」の管弦楽版が収録されている。いずれもジェイコブ編曲。これを聴いてみたかった! |
| 2007/11/30 |
![]() ムソルグスキー作曲/ラヴェル編曲の組曲「展覧会の絵」。「キエフの大門」の練習番号「120」。ブージー&ホークス版のスコア。音楽之友社版もこれをベースにしているので同様です。 全オーケストラが2分の3拍子で演奏している中、2小節目と4小節目の大太鼓(Gr.C.)は2分の2拍子。その2拍目に音が入っている。その通りに演奏すると、当然、他の楽器とは<ズレ>が生じる。 教科書通りの書き方であれば、この音は2分の3拍子の2拍目に入る。つまり前の小節と合わせて6つの音(3拍x2小節)の、その1拍目3拍目にティンパニが、5拍目に大太鼓が入る。非常にすっきりとして、ほとんどの指揮者がこのように演奏している。 それを楽譜通りに演奏している(つまり<ずれて>いる)のがゲルギエフ盤。彼は来日してN響を振ったときも同様に演奏していて、これはこれで面白い効果であると思う。 問題のチェリビダッケ&ロンドン交響楽団の1980年ライブでは、大太鼓は3拍子の2拍目(通常の演奏方法=ずれていない)。しかし、ティンパニを2拍子の扱いをして1拍目と2拍目に音を入れていて、結果ティンパニの2拍目が他の楽器と<ずれて>いる。 音だけ聞くと奏者のミスのようであるけれども、映像を観るとチェリビダッケはしっかりとティンパニの<2拍目を振っている>ので、意図的であるのは間違いない。そもそもこんな場所で、こんなわざわざ演奏しにくいようにミスをするとも思えない。 ラヴェル本人はこの世にいないし、またラヴェルの自筆スコアを見たこともないので、なにが<正しい>とは言えないけれど、なぜチェリがそういうことをやったか。 そして1993年のミュンヘン・フィルを振ったライヴ録音盤(EMI)は、ゲルギエフと同じ、つまり大太鼓だけがずれる解釈をしている。チェリビダッケは暗譜で指揮をしているし、リハーサルもいくつかの映像を観る限り、スコアを見ないで行なっている。覚え間違い(勘違い)...ということもあるのだろうか。 |
| 2007/11/30 |
チェリビダッケはまだスリムな体型で、椅子に座らず立ったままの元気な指揮。譜面台を置かず全曲暗譜で、一音たりとも蔑ろにはさせないような緊張感と集中力を感じる。これは奏者も疲れると思う。演奏はドビュッシー「イベリア」が素晴らしく、アンコールの「スラヴ舞曲第8番」での踊るような指揮ぶりも楽しい。後半の「展覧会の絵」はやや集中力が落ちただろうか。 テンポ設定と共に、かなりクセのある演奏であるのは確か。個人的にはここまで神格化される...と言うか褒める声しか聞こえない(ように感じる)というのはちょっと不思議な気もする。 ステージ上にデニス・ウィックとジョン・フレッチャーの姿を拝める。「牛車」はデニス・ウィックがユーフォニウムに持ち替えて演奏。「キエフの大門」の終結部のティンパニ(と大太鼓)の処理はちょっとよく分からない。これは別途。 (★★★★★) |
| 2007/11/28 |
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| 2007/11/27 |
しかし、これどのくらいリハーサールを行なったのだろうか。曲の進行だけ確認して、あとは通して録音して終わりだったのでは...そうも思えてしまう。<やっつけ>とは言い過ぎにしても、ちょっとユルすぎないか。あちこちにミスもあるし。それでも、それなりに聴けてしまのだけど。特有のポルタメントは、効果的に思うところもあるけれども「ヴァルス・レント」なんかは、さすがにやり過ぎでは。 このコンビがこういう録音もしていた...という正にレコード(記録)だろうか。 (★★★☆☆) |
| 2007/11/26 |
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| 2007/11/25 |
ナカリャコフ君(...と呼びたくなるけれども、1977年生まれなので、もう30歳なんですね)、テクニックがあるのは間違いないにしても、それを披露するよりも、基本は<歌>なのだ。 バックのイエナ・フィルを指揮するボレイコは、このCDを買った時は全く名前を知らなかったけど、国内オケを振りに来日もしているし、名前を見かけるようになった。演奏は<可もなく不可もなく>かもしれないけれど、曲が曲なので、誰が振ってもどうしようもないかも。オケについては、ドクシツェル盤のロジェヴェン&ボリショイ劇場管に敵うものは無し。 (★★★★☆) |
| 2007/11/22 |
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| 2007/11/20 |
このラフマニノフが意外に面白くて、リットンは(なよなよと?)叙情的な面を強調しているようにも感じるけれど、しかし何と言ってもホルン・セクションの豪快な鳴らしっぷりが気持ちいい。第2楽章途中のティンパニと大太鼓の連打も決まってる。逆にホルンの活躍の場が少ない第3楽章はフツーか。 これに釣られて、同じ指揮者がボーンマス響を振ったチャイコフスキー「テンペスト」を聴いてみたのだけれども、(曲のせいもあってか)これがさっぱりつまらないので、やはりオケの功績が大きいのかも。 (★★★★☆) |
| 2007/11/19 |
マリスは力の入ったスケールの大きい指揮。表現の幅も大きい。「ツァラ…」の冒頭からしてシビれる。オルガンは電子オルガンを使っていたけれども、これはむしろ良心的と言えるでしょう。 木管楽器はソロもトゥッテイも身体を大きく動かして表現し、オケ全体が大きなアンサンブルのよう。金管や打楽器が加わらなくても、オーケストラの鳴りがホール一杯に広がる。決してうるさくならないし、ティンパニの存在感もすごい。さすが、世界の一流。お腹一杯になったコンサートでした。 (★★★★★) |
| 2007/11/18 |
「ロメジュリ」「交響的舞曲」共にナマで聴いてみたかった曲なので、とりあえずは満足。「交響的舞曲」ではティンパニ、スネア・ドラム、銅鑼を初めとする打楽器セクションのプレイが光ってました。しかし、一番良かったのは「ロココ…」(+アンコールのバッハ)とアンコールの「ヴォカリーズ」。お昼食べた直後でお腹が一杯だったから? 「交響的舞曲」は作曲者の完成された最後の作品とのことで、第1楽章の終わり近く第1交響曲の主題(第1楽章第1主題)が引用される。原曲では(暗い)ニ短調なのだけれども、ここではハ長調。鉄琴やハープ、ピアノなどのキラキラとした伴奏が加わり、全く別の音楽の様な雰囲気になっている。この第1交響曲は初演が大失敗して、ラフマニノフがスランプに落ち込む原因ともなった曲。本人にとって決して良い思い出ではないはずだけれども、それをこういう形で回顧するということは、何か感ずるものがあったのだろうか。 |
| 2007/11/17 |
このオーケストラ、かつてのスヴェトラーノフのオーケストラではなく(名前が紛らわしいけど)、ロジェストヴェンスキーが振っていた<文化省オケ>らしい。ロジェヴェンとの録音のようなアクの強さは全く無く、わずかに重く打ち込まれるティンパニにその片鱗を感じる。 曲は4楽章形式。人の一生を綴っているのだろうか。「青春時代」「結婚」「闘い」「老年(死)」。第1曲は珍しく屈託のない陽性の音楽。途中現れるハミングもセンチメンタルな雰囲気を出している。2曲目は「ウェディング・ベル」らしいのだけれども、なんだか今ひとつ気分が晴れない(ただ、このポリャンスキー盤は雰囲気がよく出ている)。オーケストラが鐘の音を模するけれども、第2曲だけには本当の鐘(チューブラー・ベル)が加わる。当然「怒りの日」の旋律も現れる。 この演奏、聴き所である第3楽章だけが何故かぱっとしない。他の楽章ではシッカリ自己主張している金管楽器も存在感が無いし、オーケストラが奏する鐘の音の効果も出ていない。他の楽章が良いだけに残念。 (★★★★☆) |
| 2007/11/16 |
冒頭の木管楽器の3連符から常に軽さを持ち、音楽は弱音方向に向かう。全体が淡い夢の中の出来事のような雰囲気があり、鐘の音(チューブラー・ベルだろうか)も独特の艶っぽさがあり、「怒りの日」のチューバとファゴットを受けた金管のレガートも美しい。独特の色彩感、魅力のある演奏。 (★★★★☆) |
| 2007/11/15 |
ヴァイオリンを両側に置いた対抗配置。セカンド・ヴァイオリンが強力なため、その効果が非常に面白い。第2楽章はコルネット入り。第1楽章提示部のリピート有り。第4楽章のリピートは無し。 「ここだ!」というところで、ぐっと踏みとどまる。ミュンシュのようにテンションが一気に上昇して沸騰することが無い。こうなると返って不気味で、終楽章のコーダのみテンポが加速するのは指揮者の指示なのか、奏者が我慢し切れなくなってしまったのか。遅いテンポで進められる第3楽章も冒頭のイングリッシュ・ホルンからして不穏な雰囲気が漂う。いわゆる<怪演>か。 (★★★★☆) |
| 2007/11/14 |
まず、全集のCDでしか聴く機会のない曲だけれども、第2番、第3番(、第1番)のような濃厚な雰囲気は無い。。「怒りの日」のモチーフも現れ、第1楽章冒頭のピアノによる主題の提示とか、終わり近くピアノのアルペジオを伴奏としたヴァイオリンのメロディなど、聴き所はあるにしても、第2楽章などあまりにスカスカな感じだし、雰囲気としては「パガニーニ狂詩曲」の路線だろうか バイトで生計を立てながら、安アパートの汚い部屋で一人悶々と五線紙に音符を書き連ねていた時代から、社会人となり、生活も安定してきて・・・そんな違いを感じる(あくまでイメージ)。 ともかく、全体的に今ひとつモチベーションが上がってないと言うか、その後「交響曲第3番」や「交響的舞曲」なども書いているのだけれど、過去を引きずりつつ、先へも行き切れていないような、そんな印象を受ける音楽なのだ。 |
| 2007/11/13 |
また、フェドセーエフ&モスクワ放送響のベートーヴェン「交響曲全集」も興味津々。演奏者に「ヴェスナ児童合唱団」というアナウンスがあるけれど、これは「第9」に児童合唱が加わっているということだろうか。 |
| 2007/11/12 |
「惑星」指揮者としてのみ知られているが(今ではそれすら無くなった?)、これ見よがしな自己陶酔もなければ、聴衆を意識したパフォーマンスもない。淡々と、しかし優雅な棒と、ここという所でオケからエネルギーを引き出す。正に「イギリス音楽」そのものといった佇まい。 曲そのものは、鍵盤打楽器なども多用した<モダンな>響き、やや風変わりな印象。楽章が終わるごとに、聴衆はざわつくけれども、曲が終わった瞬間に盛大な拍手。貴重な映像なのは間違いないにしても、もっと有名曲の映像が観たかった気も。ホルスト「惑星」とは言わないにしても、エルガーの「第1交響曲」、「エニグマ変奏曲」、ヴォーン・ウィリアムズなら「ロンドン交響曲」。ウォルトンの「第1交響曲」でも可。 (★★★★☆) |
| 2007/11/11 |
会場は満員。チケットは発売と共にすぐに売り切れたとか。朝岡さんの司会が入る以外は、ごくごく普通のコンサート。「のだめ…」というタイトルが付かなければ、果たして売り切れになったかどうか...。 「オーボエ協奏曲」は、調性を変えて「フルート協奏曲」として改作されていて、そちらはフルート吹きにとっては重要なレパートリーになっているのだけれども、今日の演奏などを聴いていると「やっぱりオーボエの曲かな・・・」と思ってしまう。後半のシベリウスは金管、ティンパニを力強く鳴らしたスケール感のある演奏。 |