| 日記 |
| 2004/11/18 |
ちなみにこの演奏、カルロス・ファンには間違いなく楽しめるでしょうが、一般的な「ロシア音楽ファン」には違和感も大きいと思います。あくまで<カルロスの>ボロディン。 |
| 2004/11/17 (2) |
「タンホイザー」序曲は曲そのものはゲルギエフ向きではないようにも思うのですが、冒頭のコラールからオケのサウンドが素晴しかったです。プフィッツナー「ヴァイオリン協奏曲」は初めて聞きましたが、3楽章形式、ロマン派的な雰囲気もあるのですが、唐突に打楽器が鳴ったり、オーボエとトロンボーンのデュエットがあったりと、不思議な感触の音楽でした。 ソロを弾いたキュッヒルさんが後半コンサート・マスターの席に座ったのはちょっとびっくり。前半でコンチェルトを弾いて後半はお休みだと思っていました。 「悲愴交響曲」、第1楽章展開部直前の下降音形はバズーンで演奏してました(つまりスコア通り)。通常はバス・クラリネットで演奏することが多い(ほとんど?)ようです。先日のヤンソンスもバス・クラでした。確かに音のつながりを考えるとバス・クラなんですが、作曲者がバズーンで書いている以上はその通りに、というのは私の考えです。 第3楽章終了後は拍手は起きずに、ほとんど間を空けずに終楽章へ。しかし、この曲の第3楽章の後で拍手をするというのは、もはや一種の「慣例」なんでしょうか(そこで曲が終ったと思っている人はまずいないと思うので)。 そして、最後の<早すぎる>拍手も「恒例行事」みたいになっていますが、今日はそれをさせなかった。本当にゆっくりと静かに手を下ろしていき、下ろし切って力が抜けた瞬間、音にならないようなざわめきがホールに満ち、その後拍手が沸き起こりました。これも指揮者の力でしょう。 P席で聴いていた友人の話によるとゲルギエフは「終楽章では泣いていたようだった」とのことですが、さもありなんと思わせる演奏でした。 |
| 2004/11/17 (1) |
なんと言っても後半のチャイコフスキー、荒れに荒れた演奏。賛否両論あるかもしれませんが、私は「賛」です。特に第1,4楽章。テンポの動きも激しく、オケをがんがん煽る。一瞬たりとも油断させない。意識的にこの曲の「形」を崩しているようにさえ感じました。「悲愴」という曲だからこそこういう音楽を出来たのだろうし、またゲルギエフにとっても別格な存在の音楽なのでしょう。ただこれは決してパフォーマンスでも、受けを狙った大暴れでもない。大袈裟な言い方ですが正に「魂の叫び」。 終楽章の最後の音が消えた後の本当に長い沈黙...。とにかく圧倒されました。このような「悲愴」はもう聴けないでしょう。稀有の体験が出来たと思います。 (★★★★★) |
| 2004/11/16 |
前半はJ・シュトラウス作品5曲。いつになく(?)にこやかな表情での指揮。しかし、決め所になるといつものゲルギエフになり、髪を振り乱しての熱い指揮。迫力はあるにしても、微妙な気持ちの綾は今ひとつ...?「ペルシャ行進曲」はどうしてもニューイヤー・コンサートでのC・クライバーの指揮姿が目に焼き付いていて、ゲルギエフが振ると「ダッタン人の行進」みたいな感じ。さらに、ワルツなどは非常に分かりにくい指揮で(拍子が分からない)、よくぞあれで演奏できるものと思ってしまいました。 後半のチャイコフスキー「交響曲第5番」。これも熱演。テンポの変動など、意外に大きな表情を付けています(フツーの指揮者がやるとわざとらしく感じられてしまうような)。終楽章コーダへ入る前のティンパニとか、エンディングとか。ちなみに、4つの楽章をほぼ切れ目なく続けて演奏。第2楽章のホルン・ソロ(素晴らしかった!)は一部2人で分担して(伸ばしの音は別の奏者が)吹いていました。 確かにアンサンブルが乱れるようなところもあったのですが、これはゲルギエフ氏の決して予定調和でない、その場その場でのぎりぎりの真剣勝負のような指揮によるものであり、またそれを受け止めてくれる相手(VPO)がいてこその、名演奏だったと思います。 (★★★★★) |
| 2004/11/15 |
映画音楽からの組曲ですが、作曲者後期の作品でシンフォニックかつシリアスな迫力、聴き応えのある音楽です。部分的には彼の交響曲を思わせるようなところもあり、「序曲」の叩き付けるような和音からテーマが湧き上がってくるオープニングもインパクトがありますし、「幽霊」のユニゾンの迫力は伊福部作品のようでもあり、「庭園にて」でのバロック風音楽、全曲に渡って打楽器の使用法も印象的です。 クチャル盤は金管、打楽器の迫力が魅力。指揮者が気合いを入れる声も聞こえ、全編ハイ・テンション。弦中心の部分には今ひとつ繊細さがほしいけれども、この曲をこれだけの演奏で聴ければ、まず満足です。 (★★★★☆) |
| 2004/11/13 |
各パートに対旋律だとか合いの手だとかを加えていくんで、どんどんスコアが複雑になってくるんでしょうね。旋律も「歌」の雰囲気をそのまま楽譜に落とすので、きわめて分かりづらい(不自然な?)譜割りになってしまって、ソロならともかくユニゾンだと簡単にいかない。難しいです。スウェアリンジェンのオリジナル曲の方が、はるかに形になり易いかも。(でも、なんで頭がユーフォニウムのソロなんだ??) |
| 2004/11/12 |
素晴らしい音。ソロだけでなくアンサンブルも、とにかく上手い。「ペトルーシュカ」のフルート、そして(例の)トランペットのソロも出来て当たり前、「悲愴」第1楽章終結部のコラール、各セクション、パートごとに完璧。「薔薇の騎士」もトゥッティの響きの中から、クラリネットやトランペットのフレーズがサッと浮き上がってくる。パワーよりはニュアンス重視、がんがん鳴らして迫力で押すタイプのサウンドではないので、NHKホールではちょっと物足りない感じも。「悲愴」第3楽章なども、サントリーホールなどだったら終わった後に盛大な拍手が起きていたかもしれません。 ヤンソンスの大きな(オーバーな)表情付けもあって「ペトルーシュカ」は非常に面白かったですが、「悲愴」は気持ちに触れてくるものは今一つ。今度はサントリーホールで聴いてみたいコンビです。 (★★★★☆) |
| 2004/11/11 |
(★★★☆☆) |
| 2004/11/10 |
まず、このオケ、金管楽器が素晴らしい。力強く重量感のある、いかにも「ロシアン・ブラス」といった太いサウンド。イイです。ただし、弦はちょっと軽すぎる感じ。 「ジャズ組曲第2番」はいい雰囲気を出していて、キレイにまとまったシャイー盤よりも私は好きです。いかにも<書き流した>ような、「マーチ」「ポルカ」「ワルツ」といった単純な音楽ばかりなのですが、活き活きと、独特の雰囲気もあり、サキソフォンが活躍、アコーディオンの音も聞こえてきます。オススメです。 「ジャズ組曲第1番」は、ちょっと雑な感じもするけれど(意識的にそうしている?)、勢いがある演奏で、これも楽しい。「フォックストロット」のトロンボーンのソロはすごくいい雰囲気を出しています。 「祝典序曲」は冒頭のスコーンと抜けるようなファンファーレが気持ちよく、主部も軽快な運び。ただ、弦や木管がいっぱいいっぱいな感じで、コーダにバンダが入っていないのもマイナス・ポイントか。(バンダ無しでも十分演奏できる曲だとは思いますが) 3枚組みで千数百円。それでこの選曲と演奏であれば間違いなくお買い得です。 (ジャズ組曲:★★★★★) |
| 2004/11/09 |
後半の「巨人」がよかったです。決して神経質にならないのですが、弦楽器などには細やかな表情が付けられて美しく、逆に管楽器は自在に演奏させていました。プログラム(冊子)に書かれていたように、常に「美しく豊かに」(ただし、しっかりとコントロールされて)鳴っていたように感じます。第2楽章では木管楽器がベル・アップ、終楽章コーダではホルンがスタンド。あくまで楽天的なハッピー・エンド。スポーティで健康的。演奏後はデプリースト氏も満足そうな表情でした。 とても楽しめましたが、別なマーラーを好む人も多いでしょう。次期常任指揮者として期待と共に不安も...ベルティーニ氏の存在が大きかったからでしょうか。私としては、新しいレパートリー(ショスタコーヴィチ、プロコフィエフなど)をどんどん取り上げてほしいと思っています。 (巨人:★★★★☆) |
| 2004/11/08 |
特に第1楽章、尋常ではない起伏の激しさ、唐突な曲想の変化。高速16分音符のフーガからクライマックスへかけての追い込み、一切勢いを落とすことなく、崩壊寸前でゴールに雪崩れ込む。音楽そのものも、常識的な市民の感覚をはるかに越えています。 「ぶりぶり!」と物凄い音で吹き鳴らすチューバ奏者は人間とは思えない、ソビエト政府が捕獲した謎の巨大生物が吹いているのではないか。終楽章でのトランペットの絶叫は、勝利の雄叫びか、あるいは断末魔の叫びか。これと比べると、ゲルギエフ盤などは極めて<常識的>な演奏に聴こえます。ヤンソンスは論外。 私が若いころ、ショスタコーヴィチの交響曲第2番〜4番は本当に「謎」の曲。第5番があるからにはきっと存在はするのだろうけれども、聴くことが出来ない(音源がない)。で、ようやく聴くことができたのが、このコンドラシン盤(当時LP)です。その昔はこの録音しかなくて、正直「フツーの演奏を聴いてみたい」と思っていたものですが、<フツーの演奏>が沢山出ている今の時代、正に<必聴盤>となりました。 (★★★★★) |
| 2004/11/07 |
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| 2004/11/05 |
「ローマの謝肉祭」序曲、ショパン「ピアノ協奏曲第2番」、ドヴォルザーク「交響曲第8番」。アンコールが「ダニー・ボーイ」(グレインジャー編曲の弦楽合奏版?)、「ハンガリー舞曲第5番」。アンコール2曲はフェド氏のキャンセルを帳消しにしてくれるような素晴しい演奏でした。 他の曲は...オケに任せる部分が多すぎるのか、響きがまとまりきらなかったような。強奏部では各自が思い思いに演奏しているような感じ。アンサンブルもばらける。本当に指揮者とオケが一体となっているような感じは無く、第1楽章終結部なども追い込みきれない。トランペット、ティンパニはうるさすぎ。そんな中で第2楽章冒頭や、第3楽章中間部などの弦を中心にした「気持ちのこもった」音楽は氏ならではのものだったと思います。 (★★★☆☆/アンコール:★★★★★) |
| 2004/11/04 |
で、何でショスタコはああなってしまうんだろう。ライブか否かの差なのか、元々指揮者との相性がよくないのか...。 (★★★★☆) |
| 2004/11/02 |
息子「つまんねぇ演奏だなぁ」 父「こらっ!せっかくドイツの一流オケが録音してくれたんだから、贅沢言ってはイカン!オレが若い頃は、この曲を聴きたくてもだなぁ...」 息子「親父!時代が違うんだよ」 (★★☆☆☆) |
| 2004/11/01 |
ロジェ氏は1931年生まれですから、このとき40歳(ヘア・スタイルは今と変わらず)。ステージ・マナーもきびきびと若々しく、ムラヴィンスキー時代のレニングラード・フィルという最高の<楽器>を得て活々と、指揮も自信に満ち、さすが「天才指揮者」と言われただけのものを感じます。 繊細な表現から、パワーを全開にした最強奏まで、第1楽章再現部や終結部の芝居気たっぷりの音楽。金管の吹きっぷり、打楽器の鳴らしっぷりは凄く、トランペットは2本でよくまあ吹き切るもんだと感心します。終楽章、最後の音が鳴っている途中から聴衆が熱狂して拍手を始め、それに「どうだ!」とばかりに自慢げに応えるロジェ氏。これもある意味「時代」を感じさせる風景です。 演奏会(会場)の雰囲気と指揮者の音楽が見事にマッチしたライブです。 (★★★★★) |