| 日記 |
| 2002/12/10 |
あまりにポピュラーな「チャイコン」ですが、普段耳にする(ある意味ありきたりの、西欧的?)この曲のイメージとは相当に違っています。オケが前面に出る部分は少ないと思うんですが、その中でゲルギエフは完全に自分のカラーを作ってしまっています。暗めのサウンド。前へ前へと押し分けてくるような推進力とエネルギー。第2楽章や第3楽章第2主題部での<ロシア的>情緒もいいです。 この曲に食傷気味な方にはオススメかも。でも、結構クセの強い演奏ではありますね。 (★★★★☆) |
| 2002/12/09 |
案の定、駅は大混雑。新宿駅では山手線ホームから階段まで人が溢れ、山手線はあきらめて四ツ谷駅から地下鉄を利用することにする。地下鉄に雪は関係ないような気もしたのだが、私鉄と直通のためか地下鉄も遅れて、30分遅刻でようやく職場に到着。 明日支給されるはずの、冬のボーナスの「明細」をもらう。金額が印刷されていたので、とりあえず安心。(額の多少は別問題として) 帰り道、新宿タワーへ寄りゲルギエフ&ウィーン・フィルのDVD(「火の鳥」他)を買う。ほぼCD2枚分の内容にインタビュー付きで3,800円はかなりお買い得ではないか。しかしながら、ゲルギエフと共演者のバシュメット(ヴィオラ)のツー・ショット、濃すぎ。 |
| 2002/12/07 |
サロネンは現在ロス・フィルの音楽監督。ラトルやゲルギエフと同世代の「ホープ」とも言える指揮者ですけど、前2人に比べてブレークしないのはレパートリーが近現代作品を中心としている事もあり、また、情緒的な面を前面に出す事はしない(「のめり込み」型ではない)ので、一般的な受けが今一つなのかもしれません。 この日は、たった1回だけの定期登場ということもあって得意の曲を並べてきたのでしょう。曲を完全に把握しているようだし、<流す>ような所もなし。情景描写のメリハリが利いた「ペトルーシュカ」からして素晴らしかったけれども、メインの「…役人」にはそれに熱さが加わった名演でした。 ただ、ショスタコのピアノについては、熱演にしても、ちょっと力が入りすぎていたような気します。深刻に過ぎない?これは個人的な好みですが。 で、やっぱり「ペトルーシュカ」のトランペット。ヒヤヒヤさせてくれました。ここらへんをピシっと決めてくれるようになればなぁ。 (ペト、役人:★★★★★/ショスタコ:★★★☆☆) |
| 2002/12/05 |
もちろん人気はモーツァルトやベートーヴェンの方が上かもしれないけれど、決してこれまで「評価さていない」というイメージはないし、また「最近」急に注目され始めたということもないと思う。 この新聞記事では、鈴木秀美氏が交響曲全曲演奏に取り組むということが書かれてあるけれど、それはそういうことで、それ以上でも以下でもない。これまでだって、名のある指揮者の殆どはハイドンを演奏してきている。あのラトルだってバーミンガム市響と素晴らしい録音を残しているし。 しかし「なぜか」って書き方はないですよ...要はこの記事書いた人ってハイドンを聴かない(興味ない?)人なんでしょうか。実は、かく言う私もハイドン聴き出したのは最近なんですけど。 ...で、話は飛びますが、小学校の音楽の授業で「バッハは『音楽の父』、ヘンデルは『音楽の母』」って習って(?)、「ということは、ヘンデルは女なのか?どう見ても男に見えるけどなぁ...」ってずーっと悩んでました。同じ「悩み」を持ってた人、多くないですか。 |
| 2002/12/04 |
とにかくいろんな「発見」がある演奏。例えば、第1楽章第2主題前の管楽器による伸ばしの音のハーモニーの変化とか、第2主題の伴奏部の表情とか、第2楽章主題の付点音符の処理とか。「こんなことが書いてあったのか」と驚かされることしばしばですが、これらはみんな作曲者がスコアに書き込んだこと。 ラトル自身の「仕掛け」もいろいろあって、そこらへんを「作為的」と感じる人がいるかもしれません。しかし、来日時のバーミンガム市響との演奏の方が「仕掛け」がさらに強調され、「決まって」いました。これはライブと録音の違いもあるし、オケの違いもあるでしょう。 そういうことを抜きにしても勢いのある溌剌とした演奏。で、この曲を知っている人なら、さらに面白く聴けることは間違いないでしょう。「いずれ飽きるさ」なんて人もいるようだけど、こればっかりは10年、20年たってみないと分かりません。 (★★★★★) |
| 2002/12/03 |
高田馬場では駅員の男性(おそらく西武側の)が「振替乗車券」を配っていたが、明かに不機嫌&面倒臭そうであった。 「...ったく、またかよ。しっかりしてよ、JRさん。そのたびに仕事増えるんだから。今日は早く帰ってTVでサッカー観ようと思ってたのに。はいはい、みんな並んでね。順番だよ、順番。いててて...こら、押さないでよ。」(以上想像) 原因は新宿・中野間で「線路を歩いていた人を電車がはねてしまった」からだそうだ。なるほど...っていうか「どうして線路を歩いてたの?」そこをはっきりさせない限り、乗客とTV観そこなった駅員は納得しないぞ。 |
| 2002/12/02 |
これは本当に素晴らしい「ベト2」です。冒頭の力強い響きから引き込まれますが、表面をきれいにまとめた演奏でもなく、「巨匠風」の重々しい演奏でもない。全曲活々と「青年」ベートーヴェンの熱い想いをストレートに表現しているような演奏です。 第2楽章「ラルゲット」、むしろ速めのテンポで旋律を切々と歌い切っていきます。決して悟りきった老人の音楽ではないんですよね。「ああ、こういう音楽だったんだ」と再認識させられました。 終楽章コーダの迫力、そして金管楽器を目一杯鳴らした第1楽章の終結部は「これだ!」って感じ。細かい所ではいろいろとあるでしょうし、ライブゆえミスもあります。しかし「熱い」音楽を聴きたい人にはオススメです。 (★★★★★) |
| 2002/12/01 |
インタビューでは「春の祭典」を「過去のロシアの作曲家の作品の積み重ねの上にある」として、完全に「ロシア音楽」として捉えているようでした。また「タコ7」については「人間と人間の争いを描いた」音楽と。 しかし、TVを通して間近で見るとすごい迫力、エネルギーですね、この人の指揮は。気のせいか、N響メンバーも顔つきが違っていたように感じました。でも、あと20年くらいしたらどんな指揮をするんでしょう。興味あります。 「タコ7」はずらりと並んだ金管楽器と大編成の弦が壮観。会場がNHKホールあたりだったら、何が何でも聴きに行きたかったところです。 |
| 2002/11/29 |
プログラムは、松村禎三「管弦楽のための前奏曲」とマーラー「交響曲第9番」。アンコールは無し。セッティングは昨日と違い一般的な配置、つまりコントラバスがチェロ、ヴィオラの後方(客席から向かって右側)に。 とにかく、前半の「…前奏曲」が聴き物だった。ゲルギエフと作曲者の松村氏とはかねてから親交があったそうだが、曲が素晴しいのか演奏が素晴しいのか、圧倒的なインパクト。オーボエのソロに始まり6本(!)のピッコロへ受け継がれ、オスティナートのリズムを伴いつつ頂点へ登りつめる。作曲者によると「非ヨーロッパ的な美意識に支えられて」作られた音楽だそうだが、まさに「息を呑むような」演奏・音楽だった。 さて後半の「マラ9」、前半でこの日の緊張感を使い果たしてしまったのか、荒れに荒れた演奏だった。確かに「この曲はこう演奏しなければならない!」というものはないにしても、多くの人がこの曲望む姿とは別の方向に行っていたような気がする。 確かにこういうのも<あり>かもしれないけれど、第1楽章は明らかに混乱していたように思う。終楽章はうねる様に豊かに鳴り響いたが、ワルターが「青い空に白い雲が溶け込むように...」と評した終結部は、むしろ響きの美しさを前面に出したようにな「健康的な」音楽だった。また、今ひとつレパートリーとしてこなれていない印象だったのが残念だ。 オケは健闘。この日のために(?)昨日休んでいたトランペットの首席奏者は朗々たる素晴しい音を聞かせてくれた。 (前奏曲:★★★★★/マラ9:★★★☆☆) |
| 2002/11/28 |
プログラムはオールロシア物。「ホヴァンシチナ」前奏曲、「禿山の一夜」(コルサコフ通常版)、「中央アジアの草原にて」、「イスラメイ」(バラキレフ作曲...あんまり面白くない)、休憩をはさんで「シェエラザード」。そしてアンコールが3曲。歌劇「雪娘」より「軽業師の踊り」(リムスキー=コルサコフ...吹奏楽でもお馴染みだがテンポは1.5倍)、「くるみ割り人形」から「トレパーク」(これも超快速)、「ババ・ヤーガ」(リャードフ作曲)。 セッティングは通常配置の弦楽器(Vln1-Vln2-Vc-Vla)にコントラバスのみバイオリンの後ろ(客席から見て左側)。打楽器は最後列、金管楽器は右側にまとまって。 ゲルギエフは前回ロッテルダム・フィルとの公演を聴いた時、ひたすら煽りまくる騒々しい演奏で正直ちょっと失望したのだけれども、手兵キーロフとの演奏はさすが素晴らしい。 「ホヴァンシチナ」、クラリネットの伸びやかな「歌」、鐘の音を表すホルン・セクションの鮮烈な響き、弦のトレモロの上にクラリネットが主題を奏し、音量を絞りつつ遠くへ遠くへ、果てしなく遠くへ消えていくエンディング...初来日時の感激を思い出した。この人は単なる「爆演」指揮者ではない。 「シェエラザード」では、各ソロ奏者が名人芸を披露し合うショーピースとしてではなく、コルサコフの音楽ときちんと向き合ったようなアプローチだったと思う。40数分間、全く退屈することなく聴き通せた。各ソロ奏者と、ホルン、そしてトロンボーン・セクションに「ブラヴォー!」。 そして、スゴかったのがアンコールの最後に演奏した「ババ・ヤーガ」。冒頭の研ぎ澄まされたサウンド、目まぐるしく変化する曲想、まさしく箒にまたがった妖怪が会場中飛び回っているような「ハリー・ポッター」的世界です。 ただ、1つだけ文句言うと...トランペット・セクション(って2人しかいないんですが)、もっと頑張ってくれぇ。トロンボーン、ホルンに完全に負けてます。特にセカンドの人、疲れてません?連日の公演で大変とは思いますが...少なくとも「シェエラザード」の最後の海・難破の場面では、オケの中から突き抜けてくる朗々たる「音」で吹いて欲しかった。そこだけ不満。 (期待通り:★★★★★/ただしラッパは:★★★☆☆) |
| 2002/11/27 |
ムラヴィンスキーのチャイコフスキーの交響曲ではグラモフォンに録音した第4〜6番の3曲が有名ですけれど、その中で「第5番」だけは(録音のせいもあるのか)今一つのように感じていて、私はライヴ盤をとります。 ムラヴィンスキーの演奏というのは、あらかじめ書かれた設計図にどこまで正確に、寸分の違いもなく音楽を構築できるかが勝負みたいな所があります。ほんのわずかずれただけでも、すべてが崩れてしまうような、そのぎりぎり限界にいるような音楽です。 それはそうと、少し前に発売された「ショスタコーヴィチ第5番」の東京ライブ(Altus)、「音質改善して再プレス」だそうですが...じゃあ最初からいい音質でプレスしてくれよ、って思いません?大昔発売されたものならともかく。そもそもファンは最初のプレスが出たときに即買ってると思うんだけど、「もう1枚買え!」ってことなのかなぁ。 |
| 2002/11/26 |
話題のラトル&ベルリン・フィルのマーラー「第5交響曲」(EMI)、クーベリック&バイエルン放送響のベートーヴェン「第4&第5交響曲」ライブ(Audite)の2枚を購入。給料日直後だったけれど、意外と散財せずにすんだ。 店内ではラトル&VPOの「第9」が流れていて、もちろんオザワの「第9」も大々的に並んでました。ただし、ターゲットは微妙に違うのかな。 亡くなられた名指揮者のライブ録音やら、過去の名録音が格安ボックス・セットで発売されたり、今は「新譜受難」の時代。ラトルはバーミンガム市響時代から沢山の録音をEMIにしていて、それらがどれだけ売れたかは分かりませんが、EMIとしては「苦労が報われた」って感じかしら。 |
| 2002/11/25 |
で、これは本当に「自由奔放」な演奏。よくぞここまでいろいろなこと(音楽的アイデア)を思い付くものだと感心してしまう。目まぐるしく変化するダイナミック、テンポ、アーティキュレーション、音符の装飾...イ・ムジチ合奏団の演奏なんかを愛好している人には全く別のジャンルの音楽でしょう。 当然、自由ということと好き勝手ということとは違い、与えられた楽譜からどこまでできるかという「境界線」は存在すると思うし、それを見極めるのが演奏者のセンス(技量)。このビオンディ盤は、そのギリギリのところまで足を踏み出しているように感じる。(ひょっとするとちょっとはみ出てしまっているかも...) ただ、この演奏を聴き続けていると、演奏のパターン(手の内)が見えてしまうような所もあり、また所詮「音(音符)の遊び」という気にもなってくる。なにかこの曲の持っている「音楽」の部分が抜け落ちてしまっているような。しかし、たまに1、2曲聴く分にはちょうどよい刺激になるかな。 ちなみに、第11番はバッハによってオルガン独奏用に編曲され(そのため、昔はバッハの作品と考えられていたらしい)、それを基に「コンチェルト・グロッソ」「シチリアーノとフィナーレ」というタイトルで吹奏楽に編曲されています。(古い世代の人には結構有名かも) (★★★☆☆) |
| 2002/11/24 |
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| 2002/11/23 |
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