| 日記 |
| 2002/03/11 |
第1楽章の最初の盛り上がりで朗々と奏されるホルン、この「音」はソビエトのオケでは聞けないものではないか。「どうだ、オレたちの音を聴け!」と言わんばかりの演奏だ。ちなみに全曲に渡ってのMVPはホルンセクションだろう。旋律以外の部分でもサウンドをピシっと締めている。そして、中間部(展開部)のクライマックスの恐ろしいほどの迫力。一旦停止した音楽は金管のコラールでさらに頂点へと一気に向かっていく。やがて音楽が静まっても最後までこの緊張は持続する。下手な演奏だとここで一息ついてダレてしまうのだけれど...。 第2楽章はやや遅い目のテンポで弦の響きをたっぷりと聞かせて始まるが、木管のテーマと共にぐんぐん加速していく。後はオケが一体となって突進。崩壊寸前の所でも指揮者も手綱を緩めない。 第3楽章はこの曲の謎めいた微妙なニュアンスを絶妙に表現しているように感じる。そして、ここでもホルンの素晴らしさ。 終楽章は木管の寂しげなモノローグの序奏から、弦楽器による軽快な第1テーマへ。このまま行くかと思いきや音楽は威圧的、暴力的になり、そのままクライマックスへ。バズーンによるテーマの再現、そしてまたまたホルンが作曲者自身を表した音列 "D-Es-C-H" を高らかに吹き上げる。緊張感を増す中、音楽はますますテンションを高め、執拗に繰り返される "D-Es-C-H" は抵抗の叫びか、ティンパニの連打から一気呵成にエンディングへ。もし、この演奏を会場で聴いていたら、呆然とするしかなかったろう。 作曲者がこの曲に込めた「意味」「想い」を私は想像するしかないが、このカラヤンの演奏は決して「めでたしめでたし」の楽天的な音楽ではないことを提示している。そう何度も聴ける演奏ではないが、これ以上ない貴重な「ドキュメント」。売り切れる前に<買い>です。 |
| 2002/03/10 |
まず、演奏以前に当時のソビエトでの公演でこの曲を取り上げるカラヤンのすごさ。ショスタコーヴィチといえばソビエト(「東側」)を代表する国民的大作曲家。そこへ「西側」の指揮者とオケが乗りこんで演奏する。下手な演奏をすれば「それみたことか...」となることはカラヤンは百も承知であったはず。「友好」が目的であればお得意のチャイコフスキーでもよかったろう。そこを敢えてショスタコを選択するこの自信と意気込み。さすが「帝王」カラヤン!そして演奏は...。 |
| 2002/03/09 |
小学生と思ってナメるなかれ。とにかく上手。一人一人の技量を見ればもっと年上の(オトナの)バンドとは比べるまでもないのだろうけど、きっちりとサウンドがまとめられているので聴き劣りが全然しない。録音だけ聞かせて「一般バンドの演奏だよ」と言っても疑われないのではないか。音楽も実に素直で押し付けがましいところがないので、聴いていて疲れない。 卒業生の紹介以外は曲目紹介などの進行をすべて生徒が行っていて、第2部は指揮者(先生)もおらず曲の出の合図も生徒が。立派でした。そして、アルト・サックスのソロ「ブラヴォー!」、見た目と演奏のギャップが絶妙。惜しむらくは、替え歌「吹奏楽の『明日があるさ』」の歌詞が聞き取りにくかった。なんか面白そうだったんだけど、残念。 |
| 2002/03/08 |
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| 2002/03/07 |
会社の帰り、中央線に乗っていると「ワン、ワン!」犬の鳴き声がした。その声の通り様からすると、カゴに入れられているというより、電車に直接(?)乗っているような雰囲気だ。実は『犬ギライ』の私にとっては心穏やかではない。「ワン、ワン!!」ど、どうもかなり近い!?アタフタと周りを見回すと、鳴いているのは...人間(若い男性)だった。彼がどうして鳴いているのかは知らない。しかし、彼は鳴き続けている。そして、私と同じN駅で下車し、鳴きながら改札口を通り抜け、鳴きながら駅前商店街へと消えていった。「ワン、ワン、ワォ〜〜...」 彼の中でもなにかが蠢き始めたのだろう、きっと。 |
| 2002/03/06 |
テレビ放映もされたものの(1/27)、私も確かに「ヘン」だとは思いました。なにせ<あの>ボリショイの「首席指揮者」ですよ。たかが(失礼)日本人の実績も何も無い若手指揮者がそんなポジションに就けるものなのか、フツーそう思うでしょう。 東京デビュー時の週刊誌での「経歴詐称疑惑記事」でミソが付いて、とにかく「注目」はされたが、あれで懲りなかったのか?おそらく、彼女をネタに金儲けしようとしている人がいろんなことを画策しているのだろう。もちろん、音楽家の評価はその「音楽」によってなされるものだろうが、しかし、彼女につきまとう「胡散臭さ」はこれでほぼ決定的になってしまったように思う(少なくとも私にとっては)。これは彼女にとっては不幸なことだ。もちろん彼女だけの問題ではないにしても...。「クラシック・ファン」をナメんなよ!(実は最初から相手にしていないかも...) (*)某女性指揮者が主席指揮者に就任したのが実は「…ミレニアム」だったというお話。 |
| 2002/03/05 |
「タイボルトの死」でも同じアプローチであるため、躍動感は少ない。「決闘」の場面の16分音符のパッセージが連続する音楽も拍を丁寧に刻んでいく。そして、その後にくる例のティンパニ、低音楽器による和音が連打される部分。テンポを落とし...というかテンポ(音楽の流れ)そのものが無くなってしまったような、時間が一瞬のうちに停止してしまったような強烈なインパクトである。それに続く3/4拍子の葬送の音楽も遅い踏みしめるようなテンポを崩さない。そしてその頂点にくる小太鼓の連打の強烈なこと。ここはスコアを見てみると小太鼓のパートのみ "fff" の指定になっており(他のパートはすべて "ff")、また任意ではあるが2台で演奏するよう指示されている。まさに作曲者の意図に沿った演奏であるといえよう。ただ、欲を言えばトランペットの突き抜けるような音が欲しかったが...。 これは廉価盤とはいえ、数ある「ロメジュリ」の録音の中でも注目すべき一枚であることは確かだ。 |
| 2002/03/04 |
明るいサウンドで音も軽めであるが、よく歌い込まれた冒頭の「聖歌」から非常にしっかりとした演奏を聴かせてくれる。コーダでは金管楽器を中心に再現する「聖歌」が祝祭的な雰囲気を盛り上げ(オルガンも加わっているようだ)、ロシア軍の進軍のテーマに「ロシア国歌」がかぶさり音楽は最高潮を迎える。鳴り響く鐘と、祝砲....。そして、この演奏を聴き終わった後は...ただただ呆然とするか、腹を抱えて爆笑するか、「ペキッ」っとCDを半分に割って明日の燃えないゴミに出すか。 指揮者のシモノフはボリショイ劇場などでの実績もある名指揮者。これは大真面目にやっているのか、一種の「ギャグ」なのか...謎である。ひょっとすると、特にこれといった特徴もなく同じような演奏が「演出」の手を変え品を変え録音されていることに対する痛烈な「皮肉」なのかもしれない。この曲を聴き込んでいる人向き...オススメ度は...ノー・コメントです。 |
| 2002/03/02 |
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| 2002/02/28 |
特殊なのは楽器編成で、通常編成のオーケストラの他に13人からなる別働隊(バンダ)の金管楽器(Tpt.9, B.Tpt.2, T.Tuba2)が加わる。第1楽章はこのバンダとティンパニだけによる「ファンファーレ」(この主題は結構有名かもしれない)、このファンファーレは終楽章にフル・オーケストラを伴って再現され、高揚した気分で曲を閉じる。第2楽章以後には「城」「女王の修道院」「街路」「市庁舎」というタイトルが付けられていたというが、作曲者の言葉...「シンフォニエッタがあらわしているのは、我々の時代の自由な人間、その魂の美、その喜び、またその勇気、勝利への意志である。」 全曲を通して、唐突とも言える場面転換が印象的で「ファンファーレ」も2/4拍子で始まるものの、途中1小節の長さをそのままに3/4拍子に、低音のリズムはそのままの音形なので急に駆け足になったような印象だ。次から次へと飽きさせずに音楽は進んでいくが、しかし終楽章、ファンファーレが再現する前までの音楽はよく判らない、というか私は退屈に感じてしまう。どうも、ここだけは苦手なのだ。 若かりしアバドの録音は後のベルリン・フィル盤に比べるとフットワークが軽く、私はこちらの方が好きだ。しかし、上に書いた部分はやっぱりピンと来ない。買ったまま聴いていないクーベリックのライヴ盤(Orfeo)(*)に期待しようか...。 (*)後日聴きましたが、これは素晴しかったです。 |
| 2002/02/27 |
クライマックスは(原作にはない)コンサートのシーン。会場は埼玉会館、JR浦和駅から徒歩10分。指揮とピアノは『世界的な』作曲家で指揮者の和賀英良扮する加藤剛(逆だよ!)。オーケストラは東京交響楽団。曲は和賀英良作曲ピアノ協奏曲「宿命」、もちろん世界初演である。重苦しいピアノによる導入の後のオーケストラの入りはバルトーク「オケコン」の第1楽章を思わせる。弦の早いパッセージが結構危なっかしいのは加藤剛の棒の乱れか...って吹き替えに決まってますが。 さて、この「協奏曲」の演奏が背景に流れる回想シーンこそが、この映画のすべて。もし「原作に忠実に」映画化したら、これほどまでの映画にはならなかったであろう。これは、原作が劣っているということではなく、「小説」と「映画」という『媒体』の違いなのであり、そこを完全に割り切った制作側は見事であると言えよう。 |
| 2002/02/26 |
さて、肝心の映画なんですが、原作を読んでから観た方が楽しめるのではないかと想像されます(ちなみに、私は読んでません)。多分、かなりはしょられているんではないでしょうか。エピソードだけ追っていればそれなりに楽しいんですけれど、全体のつながりや設定が今一つピンときませんでした。「なんでハリーがあんなに『有名人』なの?」とか...。ハリー役の男の子は結構人気あるのかしら。でも、個人的にはグレンジャー(="Granger"...グレインジャー"Grainger"ではありません)という女の子の方が気に入りました。 |
| 2002/02/26 |
で、この演奏、一切小細工無し。ひたすらスコアを美しく・豪快に<鳴らす>のだが、それが半端ではない。こういう演奏をされると、数多あるフツーの「チャイ5」は、全て吹き飛ばされてしまう。この演奏の対極にあるのがムラヴィンスキーの演奏だろう(これは、グラモフォン盤でなくライヴ録音の方を聴いてほしい)。徹頭徹尾「解釈」されているのだが、「これ以外の『チャイ5』はあり得ない!」と思わせてしまう微動だにしない音楽を築き上げている。 このカラヤン盤、「悲愴」とのカップリングで2枚組1490円。安い!昔のLP1枚の値段もしない。この曲を好きな方、一家に1セット持っていて損は無いでしょう。 |
| 2002/02/24 |
コンドラシンの指揮を<見る>のは初めてだが、印象は「クール」...曲にのめりこむのではなく、一歩距離を置いたような感じではあるが、生まれてくる音楽はパワフルでエネルギーに満ちている。しかし、こんな「オイシイ」映像を保管しているとは、恐るべしNHK!是非ともDVD化してほしい。ちなみに「ボルト」の終曲でユーホニウムのソロを吹いていたのは、お馴染み三浦徹さん(多分エキストラ)でありました。 オケ(N響です)はいっぱいいっぱい、「ひいひい」言っているような感じ(曲が曲ですけど...)。長年モスクワ・フィルの音楽監督を務め、亡命後も一流オケを振ってきたコンドラシンにとってはちょっと物足りなかったかも。指揮棒を持たない、と聞いていたこの指揮者が、指揮棒を持ってキッチリ振っていたのも印象に残ったりもしました。 |
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