| 日記 |
| 2002/05/01 |
2楽章形式、演奏時間20分ほど。で、曲はと言うと、チャイコフスキーとラフマニノフとグリーグを足して砂糖と蜂蜜をタップリかけてジャムをのせたような感じ。ラフマニノフを「こんな甘ったるい曲、聴いてられっか!」なんて言う人がこの曲聴いたら、間違いなく卒倒するでしょう。第2楽章大きく盛りあがった後、金管のリズムに乗ってピアノ・ソロが決然とメロディを奏する部分などは空前絶後、「やめてぇーーーー」(ムンクの叫び)。 作曲家にあこがれる人が、自分のお気に入りの音楽を<真似て>曲を書く。ありそうな話で、フツーはそこで終わるんだろうけれども、スヴェトラ氏の場合はその曲を人前で(一流の楽団を使って)演奏することができる、そして録音までできてしまう立場にいた(力を持っていた)と。ある意味、羨ましい話でもあります。それにしても強烈です、この曲は。 |
| 2002/04/30 |
でも、映画館でCMやら予告編やらを流しておいて、いきなり本編に入るっていうのもなんとかならないものだろうか。「始まったかな」と思ったら実は予告編だったり...。せめて「ここから本編が始まりますよ」っていう告知が欲しいですね。要は、お目当ての映画だけをじっくり観たいってことなんですけど |
| 2002/04/29 |
妙な力みや、辛気臭さの全くないブラームス。第4楽章展開部ではかなり熱くもなるが、コーダへの追い込みと、そしてテンポを落としてのコラール主題の壮麗な再現。何度も繰り返し聴きたくなるような名演奏だ。そして何より、最後の音が消えて少しの間(ま)をおいて沸きあがる拍手。某東独指揮者の某国ライブのように、ほとんど最後の音にかぶさって「ぶらぼぉーーーっ!」と汚い声で絶叫するアホ(←本人、録音に残るとは思ってなかったろうけど)もいない。 |
| 2002/04/25 |
ラヴェルなんかはちょっと大味な感じがしたけど、後半は素晴らしかった。ルーセルは「硬派」フランス音楽って感じでしょうか。力感に溢れ、そんな中にも繊細な音楽もふと顔を出す。この曲であれだけ会場を沸かせされるのも、さすがフルネさん。でも一番よかったのが「ジークフリート…」、ここでコンサートが終わってもいいと思いましたから。久しぶりにオーケストラのコンサートに足を運びましたが、今日は大満足でありました。 |
| 2002/04/24 |
で、正直吹奏楽版のいろんな演奏を聴いている耳にとってはちょっと物足りない演奏だった。あまりにも<安全運転>にすぎるような印象を受ける。祭りの「華やかさ」「熱狂」など、浮き立つ気分がもっと熱く表現されても良いではないだろうか。最後の打楽器セクションによるアンサンブルでようやくエンジンがかかったような気もしたが、時既に遅し...。 ただ、まだこれ1曲しか聴いていない感想ですので、その点ご容赦を。次は「神話」かな。 |
| 2002/04/23 |
「投入金額が不足しています!」 それは判っていて、今こうやって財布からお金を出そうとしているのだ。 「投入金額が不足しています!!」 だから、不足しているのが判っているからこそ、こうやって... 「投入金額が不足していますっ!!!」 見ての通り、今財布から... 「投入金額が不足してまーーーーす!!!」 誰か何とかしてくれーーー、この機械!(実話なるも、やや(?)誇張あり) |
| 2002/04/22 |
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| 2002/04/19 |
正直、演奏そのものは、ずば抜た印象は無いのだけれど(失礼)、一般の人にとっては、立派なホールでナマの音楽が聴ける、これだけで十分な魅力はあるんだろうし、だからこそ皆、ホールに足を運んでくれるのだろう。演奏会の「雰囲気」って大事だな、と改めて認識しました。 |
| 2002/04/17 |
輸入盤は厚紙製の箱入り、その箱は "MAHLER" の文字の形に切り抜かれていて、そこから中に収められたCDケース本体のジャケットのアバドの姿が見えるという、大変凝ったものです。それに比べて国内盤は...単に見かけだけ輸入盤を真似たもので、かなり見劣りがしてしまいます(実物は店頭でご確認ください)。 現在は両方とも店頭に並び、価格は輸入盤の方が約1,500円安い、となれば「どっちがトクかよ〜く考える」(古い?)までもなく、(今なら)多くの人が輸入盤を選ぶでしょう。要は「早いモノ勝ち」というコンセプトなのかもしれないけれど、ちょっといただけないです。一部には「国内盤買ったけど輸入盤を買い直したい!」という声も...。続く第7、第9もこんな感じなのかしら。 |
| 2002/04/16 |
「禿山…」からいきなりエンジン全開、元気いっぱいのアバド。指揮をするのが楽しくて仕方がない感じ。相当にオケを煽り立てるが、決して「強制的」にならないところが彼のキャラクターか。オケのメンバーも妙にリラックスして楽しそう。これで、ベルリン・フィルが本気になったときは怖いもの無しだろう。ところで「禿山…」の「原典版」、一般に演奏されるコルサコフ版より数百倍面白い。このコンビのCDも出ているので是非。 (追加 2002.04.18) 最初、「火の鳥」組曲を「1945年版」と書いてしまいましたが「1919年版」の間違いです。失礼しました。が、「1945年版」というのも存在します。 一般的には3つの組曲があって、まず「1910年版」。これはバレエ全曲版からそのまま抜き出した曲でまとめたもので、「魔王カスチェイの踊り」で派手に終わります(その後の「子守唄」「終曲」は無し)。録音はブーレーズ、アシュケナージなど。 「1919年版」は最もよく演奏・録音される版ですが、楽器編成やオーケストレーションなどバレエ版とは『別の曲』と言っても良いでしょう。「1945年版」はそれに何曲かを追加したもので、実際のバレエの上演のために作成された版です。後者の録音はシャイー、ヤルヴィ、スヴェトラーノフなど。 |
| 2002/04/15 |
「ここちよい音楽は、長調、短調、空調でつくられる」 もちろん「長調・短調」と「空調」をかけているのだが...では「無調音楽は『ここちよく』ないのか!」と、一部関係者からツッコミが入りそうではないか(このテの話題には敏感な人も多そうだ)。しかし、もしもこのコピーの作者がすべて判っていて意識的にこういうコピーを作っていたとしたら...なんとも、挑発的ではないか。 「ここちよい音楽は、長調、短調、空調でつくられる」(コピー作:吉松某) ...もちろんこれはウソです(多分)。 |
| 2002/04/15 |
(以下引用)「100人の楽団員が所属するケベック音楽家組合は、公開書簡の中で『嫌がらせ、無礼な振る舞い、完全なる敬意の欠如』を理由にデュトワを非難」していたそうで、辞任の発表時にもこの声明を引き合いに出していたとか。要は団員との人間関係のこじれか...。しかし、モントリオール響の名を一躍有名にしたのはデュトワであることは間違いないし、それと共にデュトワ自身の名も世界的に広まったと言え、ある意味、非常にいいコンビだったように思えた。 デュトワがどこへ行くのか(N響一本ということはないだろう)非常に興味があるし、新たな名コンビが生まれる期待も十分持たせてくれる。そしてモントリオールが後任を迎え「デュトワ時代」の栄光をキープすることができるのか、新たな一歩を踏み出すのか。デュトワだってモントリオールへ来る前はほとんど無名だったんだから。 |
| 2002/04/13 |
この演奏より派手な演奏効果があり、また面白く聴かせてくれる録音はいくらでもあるだろう(元々そういうスコアなのだが...)。しかし、ここでのゲルギエフはあくまで「ムソルグスキーの」音楽にこだわっているように感じる。「展覧会…」をオーケストラの「ショーピース/デモンストレーション」として聴こうとすると、この演奏は物足りないかもしれない。しかし、これは冒頭のプロムナードから最後まで統一された「音楽」を表現している演奏、退屈することなく聴き通せた。(「ババ・ヤーガ」まで寝てしまう演奏も多いのだが...) |
| 2002/04/11 |
さて、私のゲルギエフ(&キーロフ)初体験が歌劇場初来日時のオーケストラコンサート(オペラは観ることができなかった)、そのオープニングがこの曲だったのだが、たった数分間で強烈なインパクトを与えられた。終結部、クラリネットが旋律を奏しながら「ピアニシモ」から「ピアニシシモ」「ピアニシシシ…モ」へと果てしなく音量を絞っていく中、しかし音楽の持つ緊張感は全く崩れないどころかますます増していく。「息もつけぬほどの…」とは正にこのことだった。ゲルギエフというといわゆる『爆演』型指揮者として人気があるようだが、私にとってはこれは違う。カップリングの「禿山の一夜」にしても、魔物が退散した後の「夜明け」の音楽にこそ、彼の本領が発揮されていると思うのだ。 |
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